はじめに
小児泌尿器科とは、小児における尿路(腎臓、尿管、膀胱、尿道)系疾患や女児を含めた外陰部・生殖器疾患などを専門とする分野です。これらのうち比較的よく取り扱う疾患としては、停留精巣・尿道下裂・膀胱尿管逆流症・先天性水腎症・陰嚢水腫・包茎・夜尿症・各種の排尿異常などがあげられます。当教室ではこれら疾患に関して適切な診断と治療方針の決定を行ない、必要な場合には質の高い手術治療を提供いたします。
当教室は歴史的に小児泌尿器科疾患に幅広く対応しておりますが、総合病院の利点として成人期に病状が持ち越した場合の治療やケアについてもご相談いただけます。
主な疾患
尿道下裂
通常の陰茎では尿の出口(外尿道口)は亀頭部先端にありますが、男児の約 200~300人に1人の割合で、この外尿道口が亀頭部先端になく亀頭部後面から会陰部にかけて位置していることがあり、尿道下裂といいます。尿道下裂では、包皮は亀頭の背中側に偏っており、陰茎が下向きに引っ張られているように屈曲している特徴的な形態をとっています。出生時や乳幼児検診で診断されますが、軽度のものでは陰茎の成長とともに初めて気づかれることもあります。尿道下裂は、程度の軽いものから、女性の外陰部のかたちに近いものまで、さまざまなタイプのものが見られます。
尿道下裂では
陰茎の曲がりによる勃起障害
立位での排尿困難
陰茎の形態異常にともなう
性的コンプレックスの可能性
が問題となります。自然治癒がないため手術治療が必要ですが、専門性の高い手術であり小児泌尿器科専門医による手術治療が望まれます。手術は陰茎の屈曲を直し、外尿道口を亀頭部先端に近づけて、可能な限り正常な陰茎の形態とすることを目的として行ないます。このために尿道を形成する手術が必要になります。多くの症例で手術は1回で行いますが(一期的手術)、程度の高い尿道下裂や再手術例は手術を2回に分けて行うこと(二期的手術)もあります。可能であれば6ヶ月-1歳頃に手術を行っています。手術方法や手術時間は尿道下裂の程度により異なります。
小児期に尿道下裂の手術に際して作成した尿道が成人期になって狭くなる患者さんがおられます。このような方では、口腔粘膜を利用した尿道形成手術などの手術治療を行っています。
停留精巣
精巣は在胎10-20週ではおなかの中にあり、通常出生までに鼠径管をとおって陰嚢内へ降りてきます。停留精巣とは生まれた時に、片側または両側の精巣が陰嚢まで達せず途中にとどまるものをいいます。満期産児の約2-3%に見られるといわれていますが、低出生体重児ではさらに高頻度に見られます。
停留している精巣では精子を造る働きが落ちており、両側の停留精巣は将来不妊症の原因になります。また、悪性腫瘍の発生率が一般の男性に比較して2-5倍高くなります。出生後6ヶ月までは自然下降が期待できますが、それ以降陰嚢内まで精巣が降りてこない場合には、手術で降ろすこと(精巣固定術)をお勧めしています。ただし移動性精巣の場合は手術治療の対象ではないので、正確な診断が必要です。精巣固定術は6ヶ月―1歳前後が心理的には良い時期と考えられます。手術は鼠径部に約1.5-2cm、陰嚢に1cm程度の傷が残りますが、抜糸の必要はなく、ほとんど目立つことはありません。
停留精巣と診断されるものの中には精巣の場所が分からないこと(非触知精巣)があり、このようなときは、腹部に精巣があるのか(腹腔内精巣)それとも精巣がなくなってしまったのか(消失精巣)診断しなければならず、腹腔鏡検査をして精巣の有無を診断し、その状況に合わせて治療方針を決定していきます。
精巣水瘤(陰嚢水腫)、精索水瘤
胎生期に精巣が腹腔内から陰嚢内に下りてくるときの細い管が開いたまま残っており、この残存した管を通して精巣周囲の膜の中に水がたまる状態です。水腫がさほど大きくなく、また鼠径ヘルニアが合併しなければ、自然に消えることを期待し経過観察します。水腫が大きい場合は手術を考える場合もあります。
包茎
主に小児健診などで指摘されることが多い状態です。ペニスの包皮先端が狭く、亀頭が露出できない状態です。 乳児期では亀頭が露出できない場合のほうが正常ですが、陰茎の成長とともに徐々にむけてくるのが普通です。亀頭部が完全に覆われ露出できない場合を真性包茎、一部露出できるが完全でない場合を仮性包茎といいますが、排尿などの異常がないときは手術治療を必要とすることはありません。
包茎の特殊な状態として埋没陰茎・翼状陰茎という疾患があります。ペニスが周囲皮膚・包皮に埋まった状態で一見小さく見えることが特徴で、排尿の障害を伴う場合などに手術を行うこともあります。
先天性水腎症
通常、尿は腎臓より産生され、尿管をとおり膀胱に運ばれ、尿道より排出されます。水腎症は、この尿路の途中で流れが悪くなっている場所があり、腎盂(じんう)が拡張した状態のことです。最近では胎児期に超音波検査で水腎症を指摘されることが多くなってきております。水腎症を起こす原因は様々ですが、最も多いのは腎盂尿管移行部狭窄症で、その他は膀胱尿管逆流症、尿管膀胱移行部狭窄症、尿管瘤、尿排出障害などです。 これらは必ずしも手術治療が必要という訳ではなく、経過観察のみでよい場合や自然消失することも少なくありません。検査としては尿検査・超音波検査・排尿時膀胱尿道造影検査があります。その他必要に応じて血液検査・核医学(アイソトープ)検査・MRI検査などを追加します。これらの検査を行い、水腎症の原因となっている疾患を診断し治療方針を決定します。水腎症のなかには、放置されれば腎機能障害につながるものもありますので、正確な診断と適切な治療方針の決定が重要です。
腎盂尿管移行部狭窄症
尿が腎臓から尿管に流れ出す部分(腎盂尿管移行部)が先天的に狭窄し、尿の流れが悪くなることにより腎臓がはれて機能が障害される疾患です。 超音波検査で出生前に診断される場合が多く、その場合は無症状ですが、学童期以後に腰部痛・発熱などで見つかることもあります。超音波検査や核医学(アイソトープ)検査などで尿路閉塞の程度・分腎機能などを評価します。自然に軽快する場合もあるため治療の選択が難しいですが、強い症状を繰り返す場合や通過障害が強く腎機能の低下を認める場合には手術治療が必要で、狭窄部分を切除し腎盂と尿管を吻合する手術(腎盂形成術)を行ないます。乳幼児では3cm 程度の小切開での手術が主流であり、小児・成人では創が小さく、術後回復の早いロボット支援手術が行われます。
小児のロボット支援下腎盂形成術について
2020年4月から手術支援ロボットのダヴィンチを使用した腹腔鏡手術が腎盂形成でも保険適応になり、従来の腹腔鏡より安定した手術が可能になりました。成人は原則的に全例で、2歳以降の小児でもロボット手術で腎盂形成術が可能です。出来るだけ創部がパンツの下に隠れて目立たない方法をすすめています。
膀胱尿管逆流症
尿管は腎臓で作られた尿を膀胱へ送るための臓器ですが、正常では尿の流れる道は一方通行です。尿管が膀胱とつながるところ(尿管膀胱移行部)では、膀胱の尿が尿管へ逆流しないようになっています(逆流防止機構)。この機構に障害があったり未熟だったりするために、排尿時などに膀胱から尿が尿管やさらに腎臓にまで逆流する病気のことを膀胱尿管逆流症といいます。この状態は高熱を伴う尿路感染(腎盂腎炎)の原因となり、腎機能が悪化することもあります。原因は先天性が多いですが、排尿障害に続発する場合もあります。診断にはエックス線検査(排尿時膀胱尿道造影)をおこない、膀胱に注入した造影剤が尿管や腎臓に逆流するかどうかを見ます。また尿道狭窄や尿道弁などの排尿障害の原因がみつかることもあります。
膀胱尿管逆流症は年齢とともに自然に改善し治癒する可能性があります。このため乳幼児では抗菌薬の長期服用により尿路感染を予防しながら自然治癒を待ちます。しかし、くり返す発熱をともなう尿路感染や腎機能低下があれば、「尿管膀胱新吻合術」という逆流を防止する手術や、尿管口周囲へ補強剤を注入する手術をおすすめしています。尿管膀胱新吻合術は乳幼児期では創部の目立たない開腹手術、15kg、4歳以上をめやすとして膀胱内腹腔鏡手術で行っています。
夜尿症、昼間尿失禁
夜尿症は、トイレットトレーニングが獲得された後も6歳を過ぎて夜間睡眠中に無意識に排尿する状態をいいます。10歳でも約5%の子どもに発生すると言われています。原因はさまざまで、膀胱機能障害、睡眠覚醒障害、抗利尿ホルモン分泌障害、自律神経障害、心理ストレスなどがありますが、これらが複雑に交じり合っているものと考えられています。診断では排尿習慣の問診や排尿記録が重要になります。治療は原因により異なりますが、睡眠前の飲水制限などの生活指導で改善が見られなければ薬物治療を開始します。抗利尿ホルモンやアラーム療法などの治療があります。昼間尿失禁は昼間に尿を意図せずに漏らすことです。夜尿と一緒に認められることが多く、先に昼間尿失禁を治療する必要があります。定時排尿を中心とした行動療法と、抗コリン剤などの薬物療法が中心となります。初期治療に抵抗性の場合には尿道弁などの尿道の狭窄や神経異常の検索のために、精密検査が必要になります。
その他
代表的な頻度の高い疾患は以上ですが、その他に以下のものが当科の担当となります。
- 腎形成異常
- 腎嚢胞性疾患
- 重複腎盂尿管症
- 異所開口尿管
- 尿管瘤
- 尿道外傷
- 精巣捻転症
- 尿道憩室
- 尿道脱
- 尿道上裂
- 総排泄腔奇形
- 膀胱外反症
- 膀胱憩室
- 二分脊椎
- 神経因性膀胱
- 排尿異常
- 二分陰嚢
- 精巣腫瘍
- 精索静脈瘤
- 尿路結石
- 性分化異常症(先天性副腎皮質過形成、混合性性腺異形成など)